昨日に引き続き『ビジネス寓話50選』博報堂ブランドデザイン編より紹介します。

この書籍は「ビジネス寓話」と題しているのですが、紹介されている寓話はビジネスにも道徳にも宗教にも利用できそうなものばかりです。

また物語というものは相手を惹きつける力もあるように感じます。
ビジネス寓話50選 物語で読み解く、企業と仕事のこれから (アスキー新書)
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テセウスの船

ギリシャ神話の英雄テセウスは、自分の船をなによりも大切にしていた。

どこかに壊れているところはないか、板が腐ったりしていないかと、絶えず船の状態を気にかけ、手入れを怠ることはなかった。

熱心に手入れを続けているうちに、船の板はどんどん入れ替わり、ついにはすべての板が新しくなった。

そこでふと、テセウスは考えた。

私は自分の船を大切にしながら、ずっと乗り続けてきた。

いまここにある船は、たしかに私の船だが、使っている板はすべて新しい。

果たしてこれは、本当に私が大切に思っていたあの船と言えるのだろうか?

これは、まったく別の船なのではないか?

でも、それならいったい、いつ元の船でなくなったのか……。

供の者たちも、この問いには誰ひとりとして答えることはできなかった。(以上)

『ビジネス寓話50選』ではこの寓話をビジネスに関連づけるのですが、普段から仏教のことに携わってきた僕から見ると「テセウスの船」は「私たち自身」なのではないかと感じてしまいます。

私たちは生まれてからこのかた一貫する自分という存在があるのだと感じていますが、仏教では刹那刹那に複雑な因縁のうえに「仮の私」が成り立っていると考えます。

中国の曇鸞大師は『往生論註』という書物の中で「仮名人」と表現しています。

また生物学でも同じことが言えるようです。

『生物と無生物の間』福岡伸一著の中には私たちに蓄えられる脂肪についてこのようなことを仰います。

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(エネルギーが必要な場合)摂取された脂肪のほとんどすべては燃焼され、ごくわずかだけが体内に蓄えられる、と我々は予想した。

ところが非常に驚くべきことに、動物は体重が減少しているときでさえ、消火・吸収された脂肪の大部分を体内に蓄積したのである。

それまでは、脂肪組織は余分のエネルギーを貯蔵する倉庫であるとみなされていた。

大量の仕入れがあったときはそこに蓄え、不足すれば搬出する、と。

同位体実験の結果は全く違っていた。

貯蔵庫の外で、需要と供給のバランスがとれているときでも、内部の在庫品は運びだされ、一方で新しい品物を運び入れる。

脂肪組織は驚くべき速さで、その中身を入れ替えながら、見かけ上、ためてる風をよそおっているのだ。

すべての原子は生命体の中を流れ、通り抜けているのである。

よく私達はしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年
ほど合わずにいれば、分子レベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。(以上)

「テセウスの船」を例に借りれば「どんなに材料が新しくなろうともテセウスの船はあるんだ!」と主張することを有見といい、「テセウスの船の船なんてないんだ!」と主張することを無見といいます。

この有見・無見は仏教では排されるものの見方であり、この二つの執着を離れ「様々な因縁の和合によって仮にテセウスの船と名づけるものがある」と捉えるのが仏教のものの見方であります。

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