いよいよ、今回から筆者(アメリカ人)とは価値観がことなる日本人の特徴を紹介していきます。今回の記事は主に『菊と刀』第二章「戦争中の日本」の内容です。

第二章の冒頭で「日本人が西欧の戦時慣例に違反して行ったあらゆる行為が、彼らの人生観を知り、人間の義務全般に関する彼らの信念を知る資料になった」(本書27頁)と言われるように、アメリカ人と日本人の性格が真逆であることを戦争中の日本人の行動が示しております。

戦争を正当化する理由

アメリカが戦争を正当化する理由

日本、イタリア、ドイツの三国は、その征服行為によって、不法にも国際平和を侵害し「共存共栄」という国際間の掟に対して罪を犯したことがこの度の世界大戦が起こった理由であり、世界の秩序を守る戦争であるという理由がアメリカにはありました(本書28頁・取意)。この考えは今の私たちにも理解できる考え方です。

日本が戦争を正当化する理由

当時の日本はアメリカの考え方とは真逆でした。各国が絶対的主権を持っている間は世界が無政府状態でなくなるためしたがない、と考えていたのです。日本は階層的秩序を樹立するために戦わねばなりません。

その秩序の指導者はーそれは勿論日本です。なぜならば、日本は上から下まで階層的に組織されている唯一の国であり、従って、各々がその分斉(立場)を正しくわきまえているからであります。

日本は国内の統一と平和を達成し、暴徒を鎮圧し、道路や電力・鉄鋼産業を建設し、公表された数字によると、公立学校において青少年の99.5%に教育を授けました。だから、世界から遅れた中国を引き上げてあげなければなりません。

日本は「大東亜」諸国と同一人種であるのであって、世界のこの地域からまず、アメリカ、次いで英国とロシアを駆逐して「自らの所を得」なければなりません。世界の国々は国際的階層組織の中にそれぞれ一定の位置を与えられて、一つの世界に統一されるべきである、その様な考えを日本は持っていました(本書28頁・取意)。

「その様な考えを日本は持っていました」と最後に書いていますが、第二次世界大戦後の国家間の関係はアメリカ・ロシアを中心にして階層的になっていたのではないかと、ふと思いました(ベトナム戦争、朝鮮戦争、ロシアのアフガニスタン侵攻からイスラム国樹立までの流れ、その争いの発端はアメリカを中心とする民主主義陣営とロシアを中心とする社会主義陣営の覇権争いでした)。

勝利の望みをどこに持つのか

物質量より精神力に比重を置く日本の信念

「アメリカが終始一貫して物量の増大に専念したように、日本は非物質的手段を利用する点において完全に首尾一貫して」(本書30頁)いました。日本は必ず精神力で物質力に勝つと叫んでいたのです。

毎日新聞では「もしわれわれが数字を恐れていたならば、戦争は始まらなかっただろう。敵の豊富な資源はこの度の戦争によってはじめて創り出されたのではない」(本書29頁)と喧伝されていました。この信条はサイパンや硫黄島の敗北の頃には、たしかに都合の良い言い逃れになっていましたが、この信条は敗北の言い逃れとして捏造されたものではありません。

「それは日本軍が連戦連勝を誇っていた何ヶ月かを通じて進軍ラッパの役割を演じたものであるし、真珠湾奇襲のずっと以前から公認されていたスローガン」(本書30頁)でありました。

一般市民にも行き渡った精神の優位性

物質量よりも精神に比重を置く考えは一般市民にも行き渡っていました。例えば、国民は工場での二十四時間労働と夜通しの爆撃とで疲労は極度に達していました。

しかし、「われわれのからだがつらければつらいほど、ますますわれわれの意志、われわれの精神は肉体を凌駕する」、「へとへとになればなるほど、よい訓練になる」(本書31頁)と考えられていたのです。

日本の精神優位性を表す印象的な逸話

本書に紹介されている逸話を以下、転載します。

空中戦が終わってから、日本の飛行機は三機または四機の小編隊に別れて基地に帰ってきた。最初に帰着した数機の中の一機に一人の大尉が搭乗していた。

愛機から降りたこの大尉は、地上につっ立って双眼鏡で空を見つめていた。部下が帰ってくるのを数えていたのである。少し顔色が青ざめてはいたが、全くしっかりしていた。

彼は最後の飛行機が帰着したのを見届けてから、報告書を作製し、司令部に向かった。司令部に着いて司令官に報告した。ところが報告を終えるや否や、突然彼は崩れるように地上に倒れた。その場にいあわせた士官たちは急いで駆け寄り、助け起こそうとしたが、その時はもう彼はこときれていた。

死体を調べてみるとすでに冷たくなっていた。そして胸に一発敵弾を受けており、それが致命傷となったことがわかった。今息をひきとったばかりの身体はずっと前に死んでいたのに相違ない。報告したのはその魂だったのだ。戦死した大尉のもっていた厳格な責任感によって、このような奇跡的な事実が成し遂げられたのに相違ない。

本書32-33頁

「むろんアメリカ人から見れば、これはとんでもない作り話である。ところが教育ある日本人たちはこの放送を一笑に付さなかった。彼らは、日本の聴衆者たちは決してこの放送を、荒唐無稽の物語とは考えないだろう、というふうに感じていた」(本書33頁)のです。

本書・第二章「戦争中の日本人」の内容をもう少し紹介したいのですが、長くなりそうなので、次の記事において引き続き紹介します。

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