業界によって専門用語というのがたくさんありますが、わが浄土真宗本願寺派(俗に西本願寺派。以下、本派と略す)にも独特な言葉遣いがあります。

たとえば、本派の行政(総局)のトップの人間を総長といいます。

日本国でいうところの内閣総理大臣です。

まるで暴走族です。

また、私が住んでいる区域(千葉県)を千葉組(チバソ)といいます。

大学一年生の時でしょうか。

「東京教区千葉組(ちばぐみ)西方寺の西原です。」

と自己紹介をしたら、周りから笑われたのを記憶しています。

でも、組織のトップを総長と呼ぶなら、千葉組は「チバグミ」と読むと考えますよね。

普通。

本派の行政については先ほど紹介した「総長」たる人物が指揮をとるのですが、それとは別に「聖」なることがらについての象徴的な方がいらっしゃいます。

「門主」と言います。

以前は「法主」と言い慣わしていたそうですが、そちらの方がわかりやすいかも知れません。

その前門主にあたる大谷光真という方は、沢山の書物を執筆されています。

昨年(現在は2016年)も『人生は価値ある一瞬(ひととき)』という本を株式会社PHP研究所から出版し、一般の本屋さんにも並んでいました。
人生は価値ある一瞬(ひととき)
人生は価値ある一瞬(表)

とある本屋さんに行って驚いたことがありました。

宗教者の本でありますから当然、宗教関係のコーナーに置いてあるのかと思ったら、全く正反対といってもいいようなコーナーに置いてありました。

ビジネス書のコーナーです。

ビジネス書とは、このページによれば「自己啓発、経営、マーケティング、経済など、幅広いジャンルにわたり、年間10000種類もの新刊が発刊されていると言われる。」とあります。

つまり、私たちが生活、仕事をするうえで役立つ情報をまとめたものがビジネス書といえるのではないでしょうか。

以前、福岡県にいらっしゃる先輩のお坊さん(B.K)が「仏教は役立つというよりも、私を支えてくださる教えである」ということをお話してくださったことが心に残っており、仏教書がビジネス書のコーナーに置かれていることに強い違和感を感じました。

しかし、『人生は価値ある一瞬(ひととき)』という本がビジネス書のコーナーに置かれたにもそれなりの理由があったのでしょう。

その理由を勝手に想像してみました。

1.一宗を統理する立場にあった人物が書いた書物にかかわらず、その内容は広く一般の方を対象に執筆されたものであり、難しい専門用語や浄土真宗を語るうえで必ず語られる「阿弥陀仏」というキーワードがないこと。

2.PHP研究所から出版されていること。僕が持つイメージですが、よくビジネスマンが読むような新書を出版しています。

先日、現地調査へ行ってまいりました。
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全てPHP研究所から出版されています。

このラインナップです。

本屋さんが「仏教とは何か生きるために役に立つんだ」と考えても不思議ではありません。

3.帯に「西本願寺前門主が語るこころ豊かな生き方のヒント」とあること。

人生は価値ある一瞬(裏)

普段、宗教に関係なく過ごしている方にとっても抵抗なく安易に手に取れるような内容となっています。

勿論、前門主も仏教を「役立つ教え」としてとらえていたわけではないことは内容を読んだらすぐわかります。

ちょっとだけ紹介します。

日本人は戦後、経済的に豊かなことはいいことだ、仕事や暮らしに役立つものはいいものだと、便利さや効率を求めて生きてきました。

今もそうでしょう。

何ごとも効率一辺倒で、物事を判断する場合、自分にとって、社会にとって役立つかどうかを優先します。

役に立つものが必ずしも真実なものとはかぎりません。

役に立つものばかりを追い求めていると、しまいには弱い立場の人間を「役にたたないから」と切り捨て、友人までも自分の利益追求の手段としか考えない悲しい人間になりかねません。

一つ一つの項目の内容が短く大変読みやすいので、皆さんもどうぞ。
人生は価値ある一瞬(ひととき)

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