中国の曇鸞大師『往生論註』にこの様な一節があります。

「蟪蛄は春秋を識(し)らず」といふがごとし。この虫あに朱陽の節を知らんや。
蝉は春秋を知らない。短い夏を一生とするから、この虫は夏ということを知らないのである。

これは『観経』の「十念」に関する解釈について述べられるところでありますが、一体どの様な意味でありましょうか。

この比喩自体とてもわかりやすいのですが、先日ふとワイドショーを見ていましたらこの比喩を紐解く適当なニュースが流れていましたので紹介します。

そのニュースは北海道新幹線が開通する一日前のワイドショーでした。

北海道新幹線の開通によって新青森から新函館北斗への新幹線が開通したことを記念して、新函館北斗駅の魅力を再確認しようという企画でありました。

そこで、地元の方に「新函館北」の魅力を語って貰おうと試みますが、このおじいちゃい齢(よわい)92歳。
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しかも、92年の生涯のうち90年はこの土地で生活をしております。
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このおじいちゃんに新函館北斗の自慢できるところを伺いますが……
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新函館北斗にいいところがないわけではありません。このおじいちゃんはこの土地以外の事を知らないのでしょう。

だから、この土地の自慢出来るところも住みにくいところもわかりません。

それほどまでに、この土地にどっぷりと浸かっているからであります。

先ほどの『往生論註』にある「蟪蛄は春秋を識(し)らず~」とは、夏の蝉は地上に這い出て、短い命を終えます。

春と秋を土の外で経験することはありません。

だから、今が夏であるということも知らないのです。

同じように、私たちは仏の境界を経験することは知りません。

ですから、今が苦しみの世界であること、迷いの境界であることも知らないのです。

そのような私たちに対して、新たな気づきを私の外から与えてくれるのが仏教であります。

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