30歳前後の男性が最も招かれるイベントといえば結婚式です。

先日も、同年代のお坊さんの結婚式に出席してきました。

会場はフォーブス・トラベルガイドで五つ星を獲得した「パレスホテル」。
http://www.palacehoteltokyo.com/

ある友人がこのホテルに勤めている縁もあって、私もこのホテルの料亭で結納したのですがとても綺麗なホテルです。

結婚の披露宴の楽しみの一つと言えば、普段口にすることがない豪華な料理。
パレスホテル料理表

カタカナが多すぎて、実物を前に出されるまで何の料理か全くわかりません。

それも楽しみの一つでありますが。

素人にもわかるのは最後の「CAFFE」ぐらいです。

そして、コース料理で頭を悩ませるのがテーブルマナーです。

フォークやらナイフやら沢山並べられているのですが、外側から順々に使っていくということぐらいしかわかりません。

すると、同じテーブルだった静岡の元持くん、愛称「もっちゃん」が同じテーブルに座っている友人分のお箸を頼んでくれました。
もっちゃん

黙っているとヤーサンにも見えかねませんが、とても人なつっこくて、チャーミングな静岡弁が特徴的です。

満面の笑みを浮かべながら

こっちの方が食べやすくていいらぁ

と、料理を楽しんでいました。

私もお箸の方が慣れているので、その後に配膳されてきた料理は全てお箸を使って食べましたが、○○料理をお箸で?と眉をしかめる方も中にはいるかも知れないのです。

ちょうど懐石料理を箸を使わず手で食べるのを見ると私たちが違和感を感じるのと同じ感覚かも知れません。

しかし、どの様な食べ方であろうが、料理を口に運んでしまえば同じく美味しく味わうのであって、フォークか箸か素手かというのは料理を口に運ぶための手段であって目的ではありません。

昔の川柳に

宗論はどちらが勝っても釈迦の恥

というものがあるそうです。

「宗論」とは、どちらの宗派の方が優れているのか、お釈迦さまの本意であったのかということの議論ということでしょう。

日本には大きくわけて13の宗派(この場合、浄土真宗本願寺派〔お西〕真宗大谷派〔お東〕も一つの宗派として数える)、160以上の宗教団体があります。

自分が信仰する教えを教え伝えるために、同じ仏教の宗派同士が言い争ったという歴史も頷けなくもありません。

しかし、宗派(悟りへの道筋)というのは、あくまでも最終目標(仏の境界に至る)ための手段であります。

仏教の目的は一切の囚われから解放され、全ての生きとし生けるものを慈しむ存在となることであります。

ちょうど、料理を口に運ぶのにフォークを使おうが箸を使おうが素手で食べようがそれは手段であって目的は口に運んだ料理を楽しむことであるのと同じように、宗派の違いは手段の違いであり、目的は悟りの境地にいたるということであります。

中国にいらっしゃった善導大師は、このご法義を非難する方々の意見をうけこのように仰います。

もうし解を学せんと欲せば、凡より聖に至り、すなはち仏果に至るまで、一切礙(さわり)なくみな学することを得ん。もし行を学せんと欲せば、かならず有縁の法によれ。少しき苦労を用いるに多くの益を得ればなり。
(『註釈版聖典七祖篇』P466)

もし、学問的理解ならば何の障げもなく仏さまについてさえも理解することができるだろう。もしも自分が仏道を歩もうと欲するならば、自分に縁の深い自分にあった法によるのがよい。自分にあったならば多くの成果が期待できるであろう…と。

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