築地本願寺で開催された常例布教 (2018年8月26日 _午前)において、福岡県の北嶋文雄先生は、「はたらき」という事を中心にお話くださいました。

私も初めて聞いたのですが、北陸のある地方では阿弥陀如来という仏さまを「はたらきさま」と言うのだそうです。

以下、先生がお話くださった事を簡略に述べますと…

阿弥陀さまという仏さまはどこかにジッーっとしているのではなく、私のところへ来てくださって生き生きとして活動している仏さまであります。
「はたらきさま」という言い方は、その仏さまの特徴がよく示されています。
そして「はたらき」というのは目には見えません。
「はたらき」というのは物を動かす力であり、物が動いた所に姿を現します。
また、「はたらき」というのは、物を動かすだけじゃない、人の考えを変える力を持っています。
人の愛情もまた、目には見えませんが、相手の生き方を変える力を持っています(以上)。

この様にお話され、阿弥陀如来の「はたらき」が私たちの生き方を変える喩え話の一つとして『心に響く小さな5つの物語』(致知出版社)に出てくるエピソードを紹介してくださいました。

以下、北嶋文雄先生のお話の内容を起こしたもの(ほぼそのまま)です。


これは『心に響く5つの小さな物語』という本に書いてあったことなんですけれどね、ある小学校の先生が五年生のクラスを受け持ったそうです。

そうすると、そのクラスの中にどうしても好きになれない男の子がおりました。

もうね、身なりがだらしないしズンデレておる。

どうしても好きになれなくて半年経った頃には、その少年の欠点ばかりをね、書いておったって言うんですよ。

ところが、この男の子の一年生の時の記録を見て先生は驚きました。

なんて書いてあったかと言うと、「朗らかで友だちが好きで人にも親切。勉強が良く出来て将来が楽しみ」って書いてありました。

先生は、それは何かの間違いに違いないと思いまして二年生の時の記録を見ますと、「母親が病気がちで世話をしなければならず、時々遅刻する」と書いてありました。

三年生のを見てみますと、「母親の病気が段々悪くなり学校を休みがち。教室で時々居眠りをする」と書いています。

三年生の後半のを見ますと「母親が死亡。悲しみのあまり生きる意欲を失っておる」と書いておるんですね。

四年生のを見ますと「父親が生きる意欲を失ってアルコール依存症になり、子どもに時々暴力を振るう」と書いてありました。

そこまで読んだ時です。

先生の胸には深い大きな悲しみが起こります。

それは、今までこの子は駄目だと決めつけておったその子が深い深い悲しみを背負ってきた生身の人間として先生の前に立ち現れてきたからです。

その時に先生の胸には大きな願いが起こります。

それは、この子をどうしても見捨てることは出来ない、この子に幸せになって欲しいという思いが起こるんですね。

その日の放課後、先生は少年に初めて声を掛けました。

「あのね、先生、教室に残って仕事をするからね、あなたも放課後に教室で勉強していかない?分からない所があったらね、先生が教えてあげるから。」と言うと、この少年が初めて笑顔を見せました。それから毎日放課後、この少年は先生と一緒に教室に残ってね、予習・復習をするようになるんです。

ある日の授業で、この少年が手を挙げて発表した時には、この先生の胸には大きな喜びが起こったんです。

ある日の放課後、この少年が一つの大きな紙袋をこの先生の胸に押し当ててきました。後から開けて見ると、小さな香水の入った小瓶が入っておりました。

先生はすぐに分かったんですね。

この香水は亡くなった母親がつけておったもんだと分かった先生は、香水の数滴をつけて、そして夕方に少年の家に訪ねていきます。

すると、玄関が空いておりまして、部屋の中を見てみますと、雑然とした部屋の隅っこで寂しそうに本を読んでおる少年が目にとまるんです。

玄関に立った先生に気づいた少年が先生の所に駆け寄ってきましてね、「わあ、お母さんの匂いがする。うれしいなあ。」と大変喜ぶんですね。

六年生になりますと、もう担任ではなくなりました。

六年生がもう終わり、卒業式の時に、その少年から先生にカードが届けられます。

そこには何て書いてあったかというと、「先生、僕は五年生の時に出会えて本当に幸せでした。今まで出会った先生の中で一番素敵な先生でした。ありがとうございます。」と、お礼が書いておるんですね。

その六年後です。またこの少年からカードが届けられるんです。

そこには「先生、僕は五年生の時に先生に出会ったお陰で、今度奨学金を貰って、医学部に進学することになりました。

先生、本当にありがとうございました。」とお礼が書いてあるんですね。

そして、その10年後です。大人となったこの男の子から、また手紙が届けられまして、そこには「五年生の時、先生に出会えた感謝と、そして父親に暴力を振るわれたから患者の痛みが分かる医者になれた。」と書いてあって、そして最後には「先生、僕は五年生の時のことをよく想い出すんです。あのまま駄目になってしまう僕を助けてくれたのは先生でした。今まで出会った人間の中であなたが一番素晴らしい人でした。ありがとうございます。」と書いてあるんですね。

そして、その一年後、また届けられたカードは、なんと結婚式の案内状だったそうです。

そして、その案内状の最後に、この少年の直筆でたった一行書き添えられておりました。

何て書いてあったかと言いますと「母の席に座ってくださいと」そうやって書いておったと言うんですね。

母とまで言わせましたね。

この青年が教えてくれます。

母というのは子どもを産んだから母なのではない。

この子をどんなことがあっても見捨てない、そういう愛情を持つものこそが母と言うんでしょうね。

そして、あのまま駄目になってしまうという青年の生き方を変えていったのは、何よりも先生の愛情なんですよ。

愛情というのは凄いですね。

目には見えませんよ。

決して目に見えることはできない。

しかしね、独りの人生を変えていくほどの力を持っています。

考えて見ますとね、我々目に見えない沢山の働きによって動かされ生きているんでしょうね。

そしてね、この仏さまも目には見えないけれども「働きだよ」と親鸞聖人は仰るんです(以上)。


図書館にはおいてありませんでしのたので、早速買ってみました。

北嶋文雄先生、Amazon、ありがとうございます。

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